映画『MINAMATA-ミナマタ-』を観る前に、ユージン・スミスの人物像が分かる「3つの動画」をご紹介。

William Eugene Smith

いよいよ映画「MINAMATA-ミナマタ-」
公開(9/23)が迫ってきましたね!

今日はジョニー・デップが演じた
写真家 ユージン・スミスについて、

知っておくと映画への理解がさらに深まる
無料動画をご紹介します♪

①20代、戦場カメラマンとしての記録

②晩年、水俣で過ごした日々

③遺志を継いだ人達の“今”

と3つの構成となっています。
それでは どーぞ!

 

①若き日のユージンが見つめた、太平洋戦争678日の記録。

まだ20代だったユージンが
戦場カメラマンとして

初めて戦場に赴き
写真を撮っていた頃の話。

壮絶な惨状を目の当たりにし

「戦争の悲惨さ」
「不都合な真実」に直面します。

当時はまだ、
日本を憎む対象としていたユージンの

心の移り変わっていく様子が
描かれています。

<以下、ユージンの手記より>

 

「日本人の苦しみゆがむ顔に

 私の妻や母 息子の顔が重なって見えた

 彼らは 私の家族だったかもしれない」

 

「偶然そこに生まれ

 偶然そこにいただけだ」

 

「くたばれ 戦争屋ども」

 

②ユージンが見つめた水俣とは何だったのか?〜3年間の苦悩の日々を辿る〜

こちらは遺作となった
「 写真集 水俣 」を撮影していた頃、

晩年のユージンに
スポットを当てています。

患者とその家族の日常に入り
その戦いを見つめる日々。

悲劇の中で生きることを諦めない
命の輝きを撮り続けたユージン。

人の苦しみや悲しみを

他人事ではなく
自分のことのように思える
ユージンのその優しさが

20代の頃のユージンと
全く変わってないんですよね

<以下、ユージンの手記より>

「なぜ私が水俣にいるのか?」

 と君たちは尋ねる

「外国人である私がなぜ

 水俣にこだわるのか?」と

 

私は“外国人”と見なされるが

この水俣で起きていることに

私は“外国人”として関わっていない

 

それは 私自身のため

妻のため 子どもたちのため

水俣の住民のため

世界全体のために ここにいる

 

 

③MINAMATA~ユージン・スミスの遺志~

その死から40年余り。

水俣病の惨禍を世界に伝えた
写真家 ユージン・スミスに
今再び、脚光が当てられようとしている。

終わらない戦いが続く水俣病。

俳優 ジョニー・デップは自ら、
水俣とユージン・スミスの映画を
製作することを提案。

映画は間もなく公開予定だ。

二人三脚で撮影の月日を過ごした元妻は
その意志を受け継ぎ、活動を続けている。

ユージン・スミスが水俣で過ごした3年間。

患者たちとどう向き合い、
何を感じたのか。

交流のあった患者たちを訪ねると、
彼の生き様や苦悩、葛藤が分かる

数々の知られざる
エピソードに遭遇した(原文ママ)。

<以下、ユージンの遺した言葉より>

私の写真はとても静かにこう話す

さぁ これを見て耳を傾けて

これを見て考えて

これを見て反応して

私の写真で考え感じて欲しい

そういうことを私の写真に託したい。

 

 

最後に

外国人であるユージンが
何故、異国の地である日本の
公害問題に関心を持てたのか?

「写真集 水俣」に託した思い…。

今回、ご紹介した3つの動画で
おおよその人となりを知ることができます。

彼のバックボーンを知ることで
より彼の言葉やその行動の意図が
理解できるのではないでしょうか?

映画館に観に行く前に是非、
動画を観てみてくださいね!

 

それでは、またね♪

 

【 過去記事 】
私が水俣病に関心を持つ
きっかけとなったエピソードはこちら

 

 

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William Eugene Smith

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